歌う喜びはすべての人に

 

 

 

すっかりごぶさたしてしまいました。

 

秋の寒くもなく、暑くもなく、晴れ渡ったさわやかな心地よさの中、

散歩するのが楽しみになっていましたが、

 

ここ数日は日中の気温も上がらずに、風も冷たく感じられるようになってきました。

 

もう夕方5時前には暗くなってきて、季節の移り変わりを

ひしひしと感じます。

 

今日の記事のタイトル、「歌う喜びはすべての人に」とは、

 

アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス歌唱法の生みの親、ヴェルベック女史の言葉です。

 

12月に入ると、クリスマスパーティーや忘年会で人前で歌う機会も多くなるのではないでしょうか。

 

歌うのが大好きな人にとっては、うれしい季節ですね。

 

でも、人前で歌うのは大の苦手と思っている人にとっては、

憂鬱でやっかいな季節かもしれません。

 

歌いたい気分でないのに、歌わせられるというのは、

ほんとうに嫌ですよね。

 

他の人が歌うのを聞いているだけだったら、同じ空間にいることを

楽しめるのに。

 

歌いたくないと思ったら、歌わなくてもいいと思います。

 

無理をして歌っても、すこしも楽しい事はありません。

 

でも、私はみんなのように楽しく歌いたんだけれどという気持ちがあるのに、

歌うことを怖がっているのなら、

勇気を出して歌ってみてください。

 

最初は一人で歌うことで緊張するのならば、

だれかと一緒に歌ってみることから始めればいいですし、

人前で歌うことが、ものすごくハードルが高ければ、

鼻歌を歌うように、家の中で歌い始めてみてください。

お料理をしながらでも、お風呂に入っている時でも、

散歩しながらも良いと思います。

 

アトリエ・カンテレにも、歌いたい気持ちがあるのに、

歌えないという方がいらっしゃいます。

 

なかには音楽大学で専門に歌を学ばれた方もいらっしゃるのです。

 

子どもの時から歌うことが大好きで、それでより専門的に歌を極めたいという志で

歌を学んだのに、学べば学ぶほど歌うことが苦痛になってしまう方は少なくありません。

また、師事した先生の声を真似してしまって、自分本来の声を見失ってしまう方もいらっしゃいます。

 

音程は正しく取れているか、

リズムは間違っていないか、

私の声はどのように聞こえているのだろうか、

批判されるのではないだろうか、

どのような評価をされるのだろうか、

 

などなど、その他たくさん。

 

技術のことや、

周りの反応に意識が向いてしまうのです。

そして歌っている間も始終、自分に意識を向けて自己採点してしまいます。

 

それでは、

歌う喜びなど味わうことはできなくなってしまいます。

 

もちろん、正しい音程やリズムは必要なことです。

それをちゃんと押さえつつ、

心が歌うことで喜びにあふれていなければ、

いったい何のために歌っているのでしょうか。

 

レッスン後にこんなご感想を頂きました。

 

「童心に帰ったように、自分が子供の時に歌っていたように、

 こんなに素直に歌えたのは久しぶりです。

 もう一度歌をやってみようと思います。」

 

封印されていた歌を再び人生に蘇らせること。

 

アトリエ・カンテレでは、そういったご要望にもお応えしています。

 

歌う喜びはすべての人に!

 

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自分の可能性を知る旅 アトリエワイエス主催 表現アートセラピーコース

 

【自分の可能性を知る旅】

 

私には繰り返し見る夢があります。

 

どこか外国に旅をして、今日が日本へ帰国する日。

しかし、なかなか荷造りが終わりません。

パスポートも、航空券もどこかにあるのか見つかりません。

 

空港へ行くバスの時間も調べていなければ、

搭乗する予定の飛行機が何時に出発するかもうろ覚え。

 

こんな調子で、無事に日本へ帰れるの?

はたして、どうなる?

というところで、夢は終わります。

 

この夢を見る時は、

自分に変化を起こしたいときに見ます。

 

変化を起こしたい、チャレンジしたい。

けれど、まだすこーし怖がって、抵抗している。

 

外国で過ごす時間は、自分の日常での生活ではなく、

非日常の世界。

自分を取り巻く環境からも外れて、

普段の自分とは違った行動ができたり、

新しい価値観や文化に触れて、それが刺激になったりします。

 

でも、その新しい自分をそのまま日本で表現することはできるのだろうか?

 

夢はそんな私の心理を見せてくれているように思います。

 

先日、アトリエワイエス主催の「表現アートセラピーコース」に参加しました。

前の晩にもこの夢を見たのです。

 

私には絵を描くことも苦手なもののひとつなのです。

 

歌と音楽が苦手だった私が、今はそれを職業にしているのですから、

 

絵にも挑戦してみようかなと思いました。

 

苦手なものとして遠ざけていたら、絵を描くという表現を通して知る喜びや

苦しみ、辛さを知らずに通り過ぎてしまうかもしれない。

何か、そういうものを体験して味わいたいと思ったのです。

 

アトリエワイエス主宰の吉田エリさんもすごく魅力的な人だなと

エリさんの紡ぐ文章を読ませて頂くたびに思っていました。

 

それで、自分でも久々に、えいっ、やっ!と、思い切って

エリさんの大きなふところに飛び込んでみることにしたのです。

 

飛び込んでみた結果は、

 

絵を描きましょうと言われる度に、

心がどきっ!として

私に描けるかしら?と怖がっていた自分が、

2日目になると、どきどきしないで、

すんなり画用紙に向かっている自分に気が付きました。

 

そして、夢中になって描いている自分がいました。

まだまだたくさんに可能性が、私の中にはあることにも気が付きました。

それって、人間として成長できる伸びしろがまだまだあるということ。

もっと大きくなって、アトリエ・カンテレに来て頂く人たちや、

私と出会ってくれる人たちの為にも還元していきたいと思います。

 

アトリエワイエス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出の歌 【歌唱療法】

 

今月から2週おきに、ご夫婦の所へ歌唱療法でお伺いしています。

 

今週もモノトーン・ライアーを一緒に連れて行きました。

 

愛しい幼子を抱きかかえるように、そっと優しく指を動かすことができると、

心地よく響きます。

 

お二人で向かい合って座って頂き、それぞれがライアーを膝の上に置いて

会話をするように弾いて頂きました。

 

お二人が奏でる響きがリズムを生み出し、

波のように、

谷を渡り響くコダマのように。

 

「子守唄が鳴っているみたい。」

 

「気持ちが落ち着いて、なんだか眠くなってきました。」

 

それぞれのライアーの音は レ(D)と ラ(A)5度のインターバルの音です。

 

5度のインターバルは呼吸のリズムを整えてくれる作用があります。

 

そして、今回はご主人の思いでの曲 ドイツ民謡の「別れの歌」を歌いました。

 

シュバーベン地方に伝わる歌です。

ご主人はお若い頃ドイツに留学をなさっていました。

 

ドイツ語の歌詞を覚えていらして、奥様と私に教えてくださいました。

 

林檎畑の近くにお住まいだったこと、大学までは自転車で通っていたこと。

ランプの光で勉強したことなど、たくさんの楽しい話を聞かせてくださいました。

 

一曲の歌が懐かしい思い出を生き生きと呼び覚ましてくれます。

 

楽しそうに話されるお顔は、

若き日のお姿を彷彿させるようでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画「人生フルーツ」

【人生フルーツ】

 

昨晩は東久留米ドキュメンタリー映画祭で
「人生フルーツ」を観ました。
家の近所で観ることができるのはありがたいです。

 

津端修一さん、英子さんの日常をたんたんと綴る物語。

 

お二人は300坪の土地に自分達で木を植えて雑木林をつくり、

庭には70種類もの野菜を育て、50種類の果物が実ります。

 

 

 

 

英子さんは次々とジャムやお菓子やお料理を作り出します。

 

修一さんは建築家で、大規模な団地建設の都市計画に携わってきました。
地形を活かして計画する事によって、環境を極力変えない工夫や、

風や光の導線や、雑木林を残す計画は、
ことごとく許されませんでした。

 

時代は高度経済成長期。

 

無駄を排除して、効率重視の世の中では、

自分の家がどこであるか見分けがつかないような無機質な街並みになってしまいました。

 

だからこそ、ご自分の生活は、自分で作れるものは、

コツコツ自分でやってみることを大切にされていました。

 

時間はかかるけれども、何か見えてくるものがあると、

映画の中でも何度もおっしゃっていました。

 

歌うことも、コツコツ、たんたんと、時間をかけてやれば、

見えてくるものがあります。

 

「時をためてゆっくりと」

 

これは映画の中のセリフ。

 

一番胸に染みました。

 

歌も早く上達したい、早く自分の本来の声を見つけたいと思う人が多いです。

 

でも残念ながら、簡単には身に付きません。

 

人生と一緒。

 

一喜一憂することなく、陽が沈んで夜が来れば、また、いずれ朝日が昇るように、

当たり前に、毎日、毎日時間をかけてやっていくこと。

 

そうすれば自然と自分本来の声を見つけることができます。

 

あせらないで、自分を信頼すること。

 

 

心をひらく響き

 


 

 

昨日から我が家の庭に、白いほととぎすも咲き始めました。

 

今日は友人の所へ午前中に行きました。
 

最近口数が少なくなったご主人の事を心配されて、
一緒に歌ってくれないかと
依頼がありました。

 

出掛ける間際に電話があり、

今日は歌いたい気分じゃないと夫が言ってるんだけど、

そんな状況でも来ていただけるかしら?
と謝罪しながらおっしゃいます。

 

 

嫌なものは嫌でしょうし、
無理やり歌わされても、
ご本人の気持ちが良くはなりません。

 

芸術行為は頭が先ではなく、
心が動いて行為を起こします。

 

 

彼の心を動かす事、何がいいかな?と考えて、
小さなライアーを3台、
一緒に持っていく事にしました。

 

このライアーは、9本の弦が張ってあり、指でつま弾いて音を出します。

 

一人にひとつずつライアーを持って、音を出していきました。
丁寧に耳を澄ませて、
自分の音を
そして他者の音を聴きあいます。

 

小さな響きに誘われて、
たちまちその音と共に、
彼の心が
歌い始めました。

 

 

耳を澄ませば、澄ませただけ、心の内面は穏やかになり、

たくさんのスペースがうまれます。

 

 

そこから今度は歌を歌いました。

 

京都のわらべ歌。
それから、讃美歌。

 

若い時に合唱団で歌っていた時の事を思い出されたそうです。

 

 

朗々とした歌声が響きました。

 

 

私が一番幸せを感じる瞬間です。
その人の声で、
その人らしく
歌っている。
その歌声を聞かせて頂いている時が、一番の幸せです。

受け身で学ぶよりも自分主導で積極的に学ぶことの大切さ

 

 

 

私は結婚前と結婚後に渡って、大学の研究室で秘書の仕事をしていたことがあります。

教授の退官と共にその仕事を止めましたが、合計8年間そこで働きました。

 

大学の近くに自然食の定食屋さんがあって、お昼はそこへよく出かけていました。

 

お店は女性が一人で切り盛りされていました。

カウンターにお茶の入った大きなポットと湯飲み茶わんが用意されていて、

お客さんはそこからお茶を汲んで席に着きます。

 

店主が忙しく調理中だと注文をしばらくほっとかれることもあって、

それが我慢できないお客さんは帰ってしまうこともありました。

 

お客さんペースではなく、自分のペースで仕事をする人でした。

 

世間の常識とは大きく違っているやり方でしたが、

 

提供されるお料理は、なにしろ美味しかったのです。

 

私は段々と店主と話をするようになり、仕事が終わってから晩御飯を食べに行くようにもなりました。

 

研究熱心で自家製酵母でのパン焼きを何度も繰り返して、そのうちにお店で売るようにもなりました。

 

ある日、私はパンの作り方を一緒にやって教えてくれないかと頼みました。

 

すると「安易に教えてもらおうとしないで、自分でやってみたらいいよ」と彼女に断られてしまいました。

 

彼女がレーズンで起した酵母を分けてもらい、家に帰ってから作ってみました。

 

何回か作ってみましたが、全然膨らまずに、石のようなパンができあがってしまいました。

 

お店にそのパンを持って行き、そして見てもらいました。

 

そうしたら、彼女は私がどんなふうに作ったか詳しく聞いてくれて、

ここはこうしたらいいよ、それから、

このくらいになるまで待った方がいいよと色々なアドバイスをくれました。

 

私はまた家に帰ってからパンを焼きました。

 

今度はこの間のよりは少しパンらしくなりました。

 

そして、また彼女の所へ持って行きました。

 

この繰り返しを何度行った事か!

 

パンが焼けるようになるまでに、時間がめちゃくちゃ掛かりましたが、

最初に彼女が手取り足取り教えてくれていたら、

自分で考えたり、工夫することを覚えなかったと思います。

 

この経験があってから、受け身でいることよりも、自分から学ぶことを教えてもらいました。

 

アトリエ・カンテレのレッスンでもこれを大切にしています。

 

学ぶ人がどれだけ積極的に学べるかによって、

与えられたもの以上の学びをすることができると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦手なものの中に宝物が眠っている第6章最終章

 

 

私の場合の苦手なものというのは、音楽でした。

楽器を弾くこと、そして歌うことも苦手でした。

 

幼稚園の頃より、音楽に関しては悲しい思い出と、苦い経験しか無かったからなのです。

 

新年会は祖母の家に親戚一同が集まって、それぞれが歌を披露したり、

みんなで声を揃えて歌うことが自然でした。

私はおじさんや、おばさんの歌で流行歌を覚えましたし、

祖母の歌で民謡を覚えました。

 

みんなの前で私が歌うと、みんなが喜んでくれたので、

楽しかった思い出があります。

 

それが幼稚園の時にピアノを習い始めてから、

いつも間違えると先生から手を叩かれて、

それからは音楽は苦しいものに変わってしまいました。

 

そして、中学生になり聖歌隊入ることに憧れを持ちましたが、

音楽の教師から、君は歌が上手ではないから入れないという言葉で、

歌が歌えなくなりました。

 

でも、音楽にたいする憧れが消えてなくなることはありませんでした。

 

33歳の時、アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス歌唱法に出会い、

そしてそれを勉強したいと思うようになりました。

 

私は今まで、音楽は楽しいものであり、自分にあった学び方が分からなかっただけだったことに、

フィンランドの歌の学校(ラウルコウル)で学び始めて気が付きました。

 

ただそれだけ。

 

だから、もしあなたに苦手だなと思っているものがあって、

でも、それをやってみたい、それができたらどんなに嬉しいだろうという

憧れをずっと持ち続けているのであれば、

きっとそれができる才能をあなたは持っていると私は思います。

 

苦手だと思っているものの中にこそ、宝物が眠っています。

 

どうぞ眠っている才能を思いっきり、咲かせてください。

 

 

 

谷中美香さん「音楽を描く」レッスン

 

9月が来るのを楽しみにしていました。

というのは、谷中美香さんの「音楽を描く」というレッスンに参加できるから。

谷中さんは愛媛にお住まいで、1年に何度か東京でも講座を開いていらっしゃいます。

7月に谷中さんにご連絡を差し上げた時に、次に東京へお越しになるのは9月と聞いて、

その日を待ちわびていたのでした。

 

その2か月の間、私は谷中さんのホームページに綴られる記事を時間があると読んでいました。

その文章からは、谷中さんの音楽に対する思いや情熱、

そして、谷中さんと一緒にワークをする仲間の事などが深い愛情と共に綴られていて、

私はお会いする前から谷中さんを少し身近に感じていました。

 

お約束の日は、レッスンの開始時刻の1時間前に会って、

お昼をご一緒しませんかと誘って頂きました。

どこかレッスン室の会場近くのレストランでお昼を頂くのだろうと

想像していたのですが、

キッシュとピクルスの入った袋を下げた谷中さんが現れました。

 

自己紹介もそこそこに、二人でテーブルを囲んで飾らない昼食が始まりました。

ホームページに綴られている通りのイメージの谷中さんでした。

谷中さんの文章は明晰な思考で考えられた構図の中に、

ユーモアやおおらかさも兼ね備えています。

今、書いていて思いついたのですが、それって音楽みたいだなと。

だから私は彼女の文章に惹きつけられるのかもしれません。

 

そして、いよいよレッスンが始まりました。

机の上には画用紙とクレヨン、パステル、色鉛筆、えんぴつなど様々な書くものが並んでいます。

そこから自分の好きな物を選びます。

そしてまず、画用紙を両手の平で触ってみます。

その感触を言葉で表していきます。

 

それから目を閉じて同じことをしました。

すると、目を開いて触っていた時とは違う感覚がありました。

音が聞こえてきたのです。

きっと目を開けていた時にも音は聞こえていたはずですが、

私は聞き逃していたのだと思います。

触覚と音は何か関係が深いものと思って来ましたが、目を閉じることによって、

もっと音に対しての感覚が研ぎ澄まされる体験が驚きであり、新鮮でした。

 

それから谷中さんの弾かれるピアノに合わせて、画用紙に音を線で描いていきました。

左手で弾かれる旋律を、そして、右手の旋律へ。

目に見える線で現れた音がどのように組み合わさって、または、並んで、離れて、

交わって進行していくのかがよく分かりました。

夢中になっている自分がいました。

 

そして今度は私がこのレッスンの為に選んできた曲を線で描いてみました。

モチーフとなる線が現れて、それをじっくり味わいながら描いて行きます。

あせらず、たっぷりと時間をかけるところはかけて。

すっと流れるところは、軽やかに。

 

その体験をしてから、ピアノに向かい、弾いてみます。

私の指は、画用紙の上を自由に動く線描のように、鍵盤の上を滑っていきました。

 

私の谷中さんのレッスンを受けてみたいと思った動機は、

自分と楽器の間にある垣根を取り去りたいと思ったからなのです。

自分の体を自由に使って、自分の思い描くように楽器を弾くことができたら、

どんなに幸せだろうと思っていたのです。

 

谷中さんとのレッスンを通して、その一歩が開かれたような兆しがあります。

 

谷中美香さんのHP utena music field

 http://utenamuse.mimoza.jp/egak

 

 

ライアー響会2017大会で講演をさせて頂きました。

 

9月17日、ライアー響会2017大会にてアンカヴァーリング・ザ・ヴォイス歌唱法

について講演をさせて頂きました。

 

ライアー響会の大会には分科会で

アンカヴァーリング・ザ・ヴォイスのレッスンを担当させて頂いておりました。

 

今年はこの歌唱法の生みの親であるヴェルベック女史の生い立ち、

どのような経緯で自分の声の再生をするようになったのか、

シュタイナーとの出会いによって、アントロポゾフィーの思想と

彼女のメソッドがどのように融合したのか、

そして他の歌唱法と比較して、アンカヴァーリング・ザ・ヴォイスの歌唱法の

特筆すべき特徴についてお話させて頂きました。

 

講演後に、分科会の度に聞いたことが、今日の講演ではまとめて聞くことができて、

全体像が見えてよく理解できました。とのご感想を頂きました。

 

 

 

 

 

苦手なものの中に宝物が眠っている第5章

 

 

 

天からのお告げに従い、フィンランドへ留学するために

 

ビザの申請手続きを始めましたが、

 

フィンランド大使館からは

 

ビザの許可が降りませんという連絡をもらいました。

 

ドイツ大使館からも却下、

 

そのうえフィンランド大使館からも

 

いったいどうしたことかしら?

 

 

大使館からの電話を切ったあと、

 

私はどうすればいいのかをじっと考えて、

 

取りあえず入学しようとしているフィンランドの学校に相談してみようと思い、

 

すぐに電話をしました。

 

責任者の先生に事情を説明すると、

 

「私にまかせなさい。2週間後には結果が出るから、それまで出発の用意をしながら待っていてください」と

言われました。

 

その言い方があまりにもきっぱりと、

「あなたは大丈夫です。どんな問題があっても絶対に私たちの学校で学べるように

努力しますから」という信念みたいなものが伝わってきました。

 

 

結果、2週間後に再びフィンランド大使館から電話がかかってきて、

 

ビザが交付されることになりましたので、

 

至急パスポートを持って大使館へ来てくださいと言われました。

 

もうそれからは、今まで停滞して一向に針が進まなかった時計が

 

一気にくるくると物凄い速さで針が回転するように

 

時間が流れ始めました。

 

私もこの流れに乗ることができなければ

 

またどこかで暗礁に乗り上げてしまうかもしれないという

 

思いもあったので、何も躊躇することなく飛び込みました。

 

そして、フィンランド行のビザが交付された2週間後には

 

フィンランドの片田舎の空港に降り立っていたのでした。