苦手なものの中に宝物が眠っている第5章

 

 

 

天からのお告げに従い、フィンランドへ留学するために

 

ビザの申請手続きを始めましたが、

 

フィンランド大使館からは

 

ビザの許可が降りませんという連絡をもらいました。

 

ドイツ大使館からも却下、

 

そのうえフィンランド大使館からも

 

いったいどうしたことかしら?

 

 

大使館からの電話を切ったあと、

 

私はどうすればいいのかをじっと考えて、

 

取りあえず入学しようとしているフィンランドの学校に相談してみようと思い、

 

すぐに電話をしました。

 

責任者の先生に事情を説明すると、

 

「私にまかせなさい。2週間後には結果が出るから、それまで出発の用意をしながら待っていてください」と

言われました。

 

その言い方があまりにもきっぱりと、

「あなたは大丈夫です。どんな問題があっても絶対に私たちの学校で学べるように

努力しますから」という信念みたいなものが伝わってきました。

 

 

結果、2週間後に再びフィンランド大使館から電話がかかってきて、

 

ビザが交付されることになりましたので、

 

至急パスポートを持って大使館へ来てくださいと言われました。

 

もうそれからは、今まで停滞して一向に針が進まなかった時計が

 

一気にくるくると物凄い速さで針が回転するように

 

時間が流れ始めました。

 

私もこの流れに乗ることができなければ

 

またどこかで暗礁に乗り上げてしまうかもしれないという

 

思いもあったので、何も躊躇することなく飛び込みました。

 

そして、フィンランド行のビザが交付された2週間後には

 

フィンランドの片田舎の空港に降り立っていたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由なスピリットとなる

 

先週、患者さんを見送りました。

 

2年半という期間、一緒に療法を行いました。

 

初めてお会いした時からの事が、

 

鮮明に蘇ります。

 

 

音程が取れないので、歌うことは子供の時から

 

苦手でした。

 

そんな私でも歌唱療法ができるのでしょうか?

 

それがその方の第一声でした。

 

 

毎回レッスンにいらっしゃる度に、

 

課題に果敢に取り組み、

 

 

いつしかその問題はなくなりました。

 

歌うことがなによりの楽しいことになりました。

 

 

私にとってもその方と過ごす療法の時間は

 

ものすごく濃い時間となりました。

 

療法士としての魂をその方に磨いて頂きました。

 

 

今日のレッスンにいらっしゃった方と一緒に、

 

その方が好きだったDona Nobis Pacem(私たちに平和を与えてください)を歌いました。

 

これからは自由なスピリットとなって、その歌声を天界に響かせていらっしゃると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

苦手なものの中に宝物が眠っている第4章

 

 

 

さあ、やっと病気が治って仕切り直し。

 

ドイツに戻って勉強を再開するぞと意気込んでいたのに、

 

ドイツ行のピザが降りないという事態がおきました。

 

これまでのお話は以下をお読みください。↓

 

http://kantele.jugem.jp/?eid=48

 

天に聞いてごらんよというアイディアを頂いて実行した結果、

 

フィンランドという答えが来たにも関わらず、

 

私はなかったことにしたのでした。

 

その時のことを思い返すと、

 

一番の理由は、

 

それが病気という理由であれ、

 

一度決めたものは途中で止めてはならないという考え。

 

それから、

 

今まで応援してくれたり、

 

お世話になった人に対して、申し訳ないという思い。

 

同級生に対してのライバル心。

 

みんな頑張っていたから、

 

そこを抜けることは、うらぎり行為になるし、

 

私が弱虫だと思われるのも嫌だった。

 

今はその考えが全部、自分を縛っている考え方だと思います。

 

困難な道を選択しないと、実りが少ないという考え。

 

ドイツではいつも私は焦っていて、

 

のんびり過ごす事ができませんでした。

 

ドイツに居る時の私のイメージは、

 

背中に重たいリュックを担いで、

 

いつも額から汗を流して走っているイメージです。

 

それくらい、気持ちに余裕がなくて、アップアップしていました。

 

ドイツへのビザが下りないと分かった時、

 

あの大変な生活に戻らなくていいんだと

 

ほっとしている自分もいました。

 

 

 

そこで、天のお告げの通りに、

 

フィンランド行のビザの申請手続きを進めることにしました。

 

9月から新学期が始まるのに、手続きを始めたのは7月に入ってから。

 

間に合うといいななんて、これまた呑気に過ごしていたら、

 

フィンランド大使館から、ビザが降りませんという連絡が。

 

また、越えられない壁が、目の前に立ちはだかりました。

 

今度こそ、絶対絶命です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦手なものの中に宝物が眠っている第3章

 

 

 

昨日は、5年の月日をかけて準備をして、

 

やっとの思いでドイツで勉強を始めたのに

 

病気になってしまい日本に不本意ながらも

 

帰国することになったまでをお話しました。

 

(昨日までのお話は以下です。↓)

 

http://kantele.jugem.jp/?eid=47

 

1日でも早く体を治して、ドイツへ戻りたいという思いは強かったのですが、

 

日本での治療は1年以上という長い時間がかかってしまいました。

 

療養中にフィンランドに歌の学校(Laulukoulu)があることがわかり、

 

翌年の2001年の春に学校を訪ねてみることにしました。

 

1か月在校生と一緒に授業に参加しました。

 

学校から30分くらいの所に部屋を手配してもらって、毎日そこから歩いて通いました。

 

3階建てのお家で、1階に大家さん一家が住んでいて、2階、3階を学生に貸していました。

 

私は3階の屋根裏部屋のようなお部屋。

 

窓の外には大きな針葉樹が見えました。

 

ベットと小さな机と椅子があるだけのシンプルな部屋でしたが、

 

それだけで十分でした。

 

ラウルコウルでの勉強は楽しくて、

 

在校生たちは日本からのやってきた私を温かく迎えてくれました。

 

フィンランドで学んでも良いかもしれないなという思いも

私の心に何度か過ぎりました。

 

でも、ドイツへの思いも断ち切ることはできずにいて。。。

 

そんな時、一つのアドヴァイスを頂きました。

 

「天に聞いてみたらどうだろう?」

 

というもの。

 

なんでも、寝る前に自分で真剣に質問を考えます。

 

それも、シンプルな質問にします。

 

あいまいな質問をすると、帰ってくる答えもあいまいなものしか帰ってこないそうです。

 

それを布団に入って、質問を投げかけたら、

 

そのまま眠りに入ります。

 

そして、朝自然に目が覚めて一番にやってくる思考、またはメッセージが答えなんだそうです。

 

そして、チャンスは3日間だけ。

 

私の場合、1日目、2日目の朝は自然と目を覚ますことはできませんでした。

 

窓の外の蜂の羽音と、犬の声で目が覚まされてしまった為です。

 

とうとう、チャンスは1日だけです。

 

そして、迎えた最後の朝、自然と目を覚ますことができました。

 

布団の中で目を開けると、天井に、 フィンランド という文字が見えて、消えました。

 

「へっ?」と一瞬思って、

 

「いやいや、そんなわけないでしょー!」

 

と私のエゴの心が打ち消しました。

 

「だって、私はドイツに戻って、途中で投げ出してしまった勉強を続けなければならないもの。

 

それをしないと、私はいつまでも負け犬のままだもの。」

 

それから、私は日本に戻った後、ビザの申請をするために再びドイツ大使館を訪れたのでした。

 

 

しかし!

 

ドイツ大使館からは、ビザの許可は降りませんでした。

 

ええっ! どうなっちゃうんだろう私。

 

もう永遠にドイツでは勉強できなくなってしまうの?

 

つづく。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦手なことの中に宝物が眠っている 第2章

 

昨日アップした投稿「苦手なことの中に宝物が眠っている」の続きを書きたいと思います。

 

昨日の記事は下記↓です。

 

http://kantele.jugem.jp/?eid=46

 

37歳でドイツでアンカヴァーリング・ザ・ヴォイスの歌の勉強を始めることになりました。

 

ドイツではアンカヴァーリング・ザ・ヴォイスの全日制の学校はありません。

 

私は最初から歌唱療法を学びたいという希望があったので、

 

ドルトムントにあるアントロポゾフィーの老人ホームで歌唱療法士として働いている

 

ラウスマン先生から個人授業で教えて頂くことになりました。

 

ラウスマン先生はヴェルベックから喘息の治療で歌唱療法を受けていた患者さんでもありました。

 

私と同じくらいの小さな背丈で、笑顔が印象的なかわいいおばあちゃまです。

 

レッスンは老人ホーム内にある彼女の療法室でした。

 

水色の布張りのソファーと、中央には小さな丸いテーブルが置かれていて、

 

そこにも同じ水色のテーブルクロスが掛けられていました。

 

いつもレッスンに伺うと、そのテーブルの上には

 

ラウスマン先生が庭で育てられた花が活けられていて、

 

心を和ませてくれました。

 

私はその頃、治療教育施設の学校で実習を行いながら、

 

週に1回ラウスマン先生のレッスンに通っていたのです。

 

慣れないドイツ語を話し、まだ生活も落ち着いていなかったときですので、

 

ラウスマン先生にお会いできるのは、私にとって、心のなぐさめでもありました。

 

レッスンが夜遅くなると、先生が車で最寄駅まで送って下さることもあり、

 

本当にお世話になるばかりでした。

 

しかし、先生との別れが突然にやってきました。

 

夜中にお腹が痛くなり、ルームメイトに付き添われて病院へ行ってみると

 

そのまま一週間の入院。

 

世間はもうすぐクリスマス休暇に入る頃で、

 

街は華やかさに喜んでいるのに、

 

私は一人病院のベットに横たわっているばかりでした。

 

日本で治療した方が良いという判断で帰国することになりました。

 

5年の準備期間を経て、やっとの思いでドイツで勉強できることになったのに、

 

腰を落ち着ける間もなく、帰国することになりました。

 

ラウスマン先生にもお会いして報告する時間もなく、手紙をお送りしました。

 

日本に帰るために空港に向かう朝、ブッパタール駅で見た朝日を忘れることはできません。

 

私はぜったいにここへ戻ってくるのだと心に誓ったのでした。

 

つづく。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦手なことの中に宝物が眠っている

 

 

 

【苦手なものの中に宝物が眠っている】第1章

 

 

私は現在、歌を教える仕事をしていますが、

 

昔の自分を思うと、それが不思議でしかたがありません。

 

フィンランドの歌の学校に入学するまで、

 

音楽教育を受けたことはありませんでした。

 

 

幼少期の音楽体験は辛い思い出しかなく、

 

幼稚園の時にピアノを弾き始めますが、

 

弾き間違うと手を叩かれていて、

 

どんどん気持ちと身体が委縮してしまい、

 

ピアノを弾くのが苦しくなってしまいました。

 

そして同時に私は楽器を弾くのはむいていないと思うようになりました。

 

中学生になると、聖歌隊に入って歌いたいなと思うようになりましたが、

 

音楽の先生の一言で、私は聖歌隊に入れるレベルではないことにショックを受けて、

 

それから、人前で歌うことを止めました。

 

 

楽器を演奏するのも、歌を歌うのもどちらも苦手になりました。

 

 

そして、自分から遠ざけていました。

 

小学校、中学校の音楽の時間が恐怖でした。

 

笛を吹こうと思えば手が震え始め、

 

歌おうと思えば、緊張で歌えない。

 

でも、いつも、いつも、

 

楽器を自由に弾ける人、

 

それから、

 

歌を歌える人に

 

ずっとずっと

 

憧れていました。

 

できるなら、自分もそうなりたい!

 

と、いつもいつも思っていたのです。

 

33歳の時に、

 

私が現在教えている歌唱法、

 

「アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス」に出会いました。

 

だれの中にも歌声はあって、

 

歌いたい!と思えばだれでも歌うことができるんだという

 

真実に出会ったのです。

 

それからは、アンカヴァーリング・ザ・ヴォイスの勉強がしたくて、

 

まず私が歌を取り戻したいと思いました。

 

 

東京でアンカヴァーリング・ザ・ヴォイスに出会って、

 

5年の年月が経ってから

 

ようやくドイツに勉強に行けることになりました。

 

37歳の秋のことです。

 

つづく。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽フレアの影響で北海道でもオーロラ観測ができるらしい

 

今日、明日と太陽フレアの影響で北海道でもオーロラが観測できるらしいですね。
 

低層オーロラだそうで、赤く発光するみたい。
 

 

私がフィンランドで生活していた時期は、
 

オーロラの発生が活発な時期と重なっていて、
 

毎日のようにオーロラが出現していました。

 

 

オーロラが出現するには、幾つかの条件が重ならないと
 

観測することができません。

 

★晴天であること。
(雪や雨が降っている時は、見ることができません。

なので、11月〜12月、1月は雪が降り続く季節ですので、
オーロラが出現する率が下がります。
2月〜4月頃が天気も安定してオーロラ観測の確率が上がります。)

 

★気温が下がった日。
(ダウンの上着、ズボン、帽子、手袋で防寒必至)

 

★町の灯りが少ない暗い場所。

 

 

オーロラの形もカーテンのように垂れ下がるものや、
 

雲のように空に浮いて、むくむくと大きくなったり、
 

小さくなったりするものや、
 

柱のようなものが、伸びたり、縮んだりするものなど、
様々あります。

 

フィンランド語ではオーロラをRevontulet(レヴォントウレット)

キツネの炎という意味です。

 

 

ラップランドに昔から住んでいるサーミの人たちの神話では、

キツネが山を駆け回り、

その時に雪が尻尾でかき回されて起こった火花が

天に昇ってオーロラとなったと言われています。

 

なんともロマンチックですよね。

 

北海道でも観測できるかもしれないのも、
ロマンチックですよね。

 

 

写真はフィンランドの家の裏の畑です。
ここで夜にオーロラ観測をしていました。

 

街頭も無く、家もないので真っ暗。
 

−30度位の気温の中、防寒対策を完璧にして、
 

手には懐中電灯を持ち、出かけていました。

 

イメージする力は身体と心を統合する

 

レッスンの時、生徒さんの声を聞かせてもらっていると、

 

その声から私の中にイメージが立ち上がってきます。

 

だいたいの場合、自然の風景が多いです。

 

光や風、太陽や雲、鳥や動物、川や海、木々や花々。

 

そのイメージを生徒さんにお伝えして、

 

生徒さんは、そのイメージを頭の中で描きながら

 

声を出します。

 

イメージを描いて声を出すと、

 

必ずと言っていいほど、

 

響きが変わります。

 

それは驚くほどです。

 

響きが変わるだけではありません。

 

歌っている本人も声が出しやすくなります。

 

イメージする力は、

 

バラバラになっている身体と心を統合させてくれる力があると

 

私は考えています。

 

そして、ありありとイメージすることによって、

 

その場所の体験や感覚が蘇って、

 

魂に輝きが増します。

 

その輝きが、声の響きに様々な色彩を与えてくれるのではないか、

 

そんなふうに、私は考えています。

 

 

 

 

 

見えないけれど確実に準備されている存在

 

私は毎日散歩に出かけるのが日課になっています。

 

9月に入ってからは秋らしい日が続いていて、

 

散歩をするのもちょうど良い気候になってきました。

 

特にコースは決めておらず、足の向くまま、気の向くままに出かけます。

 

最近は少し走ってみたくなって、

 

これも気の向くままに、走っては歩き、歩いては走りといった風です。

 

歩いていると、考え事がまとまったり、

 

アイディアが降ってきたりすることもあります。

 

植物や動物に目が奪われて、じっと見入ってしまうこともあります。

 

先日は大きな向日葵に目がいきました。

 

頭を垂れて、うつむいている向日葵。

 

夏が終わろうとしているのだなという

ちょっとした感傷もあるのですが、

 

重たそうに頭を垂れている、

 

その中に次の夏に花を咲かせる種が

 

たくさんつまっているのですよね。

 

もう次の準備が着々と行われているのです。

 

その向日葵の姿を見ていて、

 

日々一緒にレッスンをしている

生徒さん達の姿と重ね合わせていました。

 

誰の中にも確実にこれから現れ出ようとして

 

準備されている響きがあるのです。

 

アンカヴァーリング・ザ・ヴォイスの生みの親、

 

ヴェルベックは

 

「人間の声は誰でも生まれながらにして、美しく、正しい」と

 

考えていました。

 

でもその声の響きが不必要な覆いによって

現れ出なくなってしまっている。

 

だから、薄皮を剥くように、

 

ひとつ、そして、またひとつ、

 

覆いを外していけば、

 

しぜんと自分本来の声の響きは戻ってくると言っています。

 

 

自分の声がダメだからという考えで、

 

その欠点を外部から作り変える必要はないのです。

 

 

自分が準備をして、覆いを外して、整ったぶんだけ、

 

声の響きも現れ出します。

 

 

昨日のレッスンでも

 

今まで現れ出なかった響きで

 

歌われた方がいました。

 

私はこういう場面に立ち会わせて頂く時、

 

「おめでとう」と心の中で祝福します。

 

明るく輝く笑顔には、

 

喜びがいっぱいつまっています。

 

自分の準備を整えるまでの過程には

 

喜びだけではない、いろいろな思いを経てきていることも

 

知っています。

 

 

だから、

 

「おめでとう」

 

と祝福したいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習は欠点や苦手な所を克服するためにするのではない

 

 

先日、人前で緊張しないで歌うにはどうしたらいいか?

という記事を書きました。

http://kantele.jugem.jp/?eid=41

 

その記事を読んでくださった方から、

 

練習はどんな意識ですればよいですか?

 

というご質問を頂きました。

 

今日はそれについて、書きたいと思います。

 

 

【何を目的に練習をしているか】

 

 

そもそも、練習する目的は何でしょうか?

 

・苦手な個所を克服するため。

・演奏に粗がないようするため。

 

上記のように、自分のできない所にフォーカスして、

そこが上手になるために練習をしていないでしょうか?

 

 

自分のダメな所にフォーカスし続けて、そこを改善するために練習を続けていると、

必ず疲れ果ててしまいます。

いくらやっても、改善されない場合、自分の演奏は不十分であり、

人前で演奏などできないという考えに行きついてしまいます。

 

これだと、意識の向いている方向は、

やはり自分に向いています。

 

心の中には、

間違ってはいけない自分。

完璧に演奏しないと

恥をかくのではないかと

思っている自分がいるのではないでしょうか?

 

人前で演奏すると緊張して、

上がってしまう人の意識の向け方と一緒です。

 

 

【練習の時も演奏と同じ喜びを持って】

 

 

練習の時には、自分の欠点を克服するために練習をするのではなく、

 

やはり、曲の美しさ、素晴らしさを表現するために

私は練習しているのだという意識を大切にしてみてください。

 

そして、曲を表現することの喜びを持って練習することが一番です。

 

音楽は修行の道のような苦行ではなく、

 

創造する喜びにあふれています。

 

 

練習の時から、喜びにあふれた演奏をすることができたら、

 

本番の時も、緊張することなく、演奏することができますよ。

 

アトリエ・カンテレのレッスンのでも大切にしていることです。

 

喜びの内に音楽はある。

 

そして、すべての人に歌声がある。