父の面影

 

 

 

昨日はお墓詣りに行ってきました。

 

小平霊園というところです。

 

ここは、立派な松並木や、

 

大きなけやき、

 

雑木林まであって、

 

とても広々とした霊園です。

 

 

桜の季節には、

 

一般の人もお花見に訪れて、賑わっています。

 

 

 

この霊園には祖父母と父が眠っています。

 

 

祖父の記憶は殆どなくて、写真で知るくらいなのですが、

 

私の一番古い記憶が、棺に横たわる祖父の顔なのです。

 

 

不吉な感じがしますか?

 

 

でも私にとっては、いつもの日常と違い、人がたくさん家にいて、

 

私と遊んでくれる人もいて、とても嬉しかった思い出です。

 

 

成長するにしたがって、死というものは

 

いつしか悲しいものに変わっていきました。

 

 

 

初めての記憶が死から始まったためか、

 

いつしか死が私のテーマになりました。

 

 

それから、祖母、友人、父親の死を経験して、

 

益々死について考えるようになりました。

 

 

 

 

そこから学んだことは、

 

死に直面している人の思いをお聞きしたいという気持ちが私にはあります。

 

 

その人がどんな人生を、どんな思いで生きてこられたのか。

 

 

そして、それをこれからも生きていく人に引き継いでいくこと。

 

 

まだ具体的に、どのようにそれが形になるのか、

 

私自身はっきりとわからないのですが、

 

 

お手伝いができればと思っています。

 

 

お墓の前で、この世に私が生まれてきたことに感謝しました。

 

一人でもご先祖様が命を繋いでくれなかったら、

 

私は生まれてこれなかったのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の平和

 

日々、生徒さんの笑顔にふれる度に、私は歌を教えることを通して、

 

世界の平和を願っているのだと思います。

 

願っているというよりも、

 

歌を通して、世界が平和になると、信じています。

 

「なんて大げさな!」と思われるかもしれないけれど、

 

そう信じているのです。

 

 

自分の本来の声に出会うプロセスには、

 

 

自分の思い込みや、

 

捉われていることや、

 

チャレンジすることや、

 

認めてあげる事や、

 

その他様々な事と向き合いながら、練習を進めていきます。

 

そのプロセスを通して、

 

歌を学ぶ人は自分をよく知るようになります。

 

 

人と比べていたら、いつまでも自分の声に出会えませんから、

 

(エゴイズムを超えていかなければ、本来の自分の声には出会えません。)

 

 

人を自分の価値を保つために利用することもなくなります。

 

いつでも、

 

どこでも、

 

だれといても、

 

自分でいることができます。

 

 

 

 

そのように自分でいることができたなら、

 

人を尊重できるようになります。

 

 

だから、私は 歌が世界を平和にすると信じているのです。

 

私の仕事の最大の目的は生徒さん、一人一人の幸せと

 

世界の平和です。

 

 

未来に前進する心

今日は友人がアトリエの床を見学したいとやってきました。

 

自宅をアトリエに改装する計画中でいろいろと床材を見たいとのこと。

 

それなら、小金井公園内にある「江戸東京たてもの園」に行ってみようかということになりました。

 

ここには日本全国から名建築が移築されて、建築家・前川國男邸、

2.26事件で暗殺された高橋是清邸など、

30余りの建物が並んでいます。

 

前にも私は行ったことがあるのですが、今回は友人と床に注目して見たので、

こんなにいろいろな床があるの!

というくらい、趣が違う床に出会えました。

 

 

視線を変えると見えるものが違ってくるのですね!

 

 

そういえば、歌のエクササイズもそうです。

 

初心者から上級者になってもやるエクササイズがあるのですが、

 

意識を向ける箇所を変えると、途端にそのエクササイズの目的が違ったりして、なかなか面白いのです。

 

このエクササイズはこの為にやるものだと思っていたけれど、

 

こんな時にも使えるエクササイズなのね!と驚きがあります。

 

 

日々の生活の中でも当たり前に使っている物を違う角度から眺めてみたら、

意外な使い方を思いつく時もありますものね。

 

話がそれてしまいましたが、そうそう友人は熱心に写真を撮っていました。

 

大工さんに自分のイメージを的確に伝えたいためだそうです。

 

彼女のおばあ様は90歳の時に、自宅を改装なさいました。

 

その話を聞いて、私はびっくりしたのです。

 

私がその年齢になった時に、改装をするかしら?と考えると、

老後の事が心配だから、お金をなるべく使わないようにしようと守りの姿勢になるかなと思います。

 

でも、彼女のおばあ様は未来のより快適な暮らしにお金を使われたのでした。

 

今現在98歳、お元気に改装されたご自宅で暮らしていらっしゃいます。

 

私も常に未来を見据えて、前進する心を忘れずに生きていきたいです。

 

写真は前川國男邸 私のお気に入りです。

 

 

幸せのおすそわけ

 

《幸せなおすそわけ》

 

カンテレにいらっしゃる方から、よくお土産を頂きます。

 

 

この日は自家製のピクルスを頂きました。

 

色とりどりの野菜がたくさん入っています。

 

この方は、ばら肉を燻製にして、ベーコンも作られる方です。

 

日々を丁寧に暮らすことの大切さを私はいつもこの方から教えて頂いてます。

 

朝早く、新幹線に乗る前に作られたそうで、手際の良さと、心に余裕があるからこそ作れるのだと思います。

 

 

 

早速、御夕食に頂きました。

 

しゃきしゃきとした野菜の歯ごたえも残っていて、美味しかったです!

 

 

 

遠路はるばるアトリエ・カンテレにお越しいただける事も感謝ですが、

 

彼女の心使いにも私は感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ワークショップを行いました。【就労移行支援事業所ベルーフ】

 

2017年8月11日、歌唱療法ワークショップを就労移行支援事業所ベルーフにて行いました。

 

今回は日ごろから一緒に活動をされている方たちへのワークショップでした。

自分らしい自然な声を出して表現すること、

そして個々のメンバーともコミュニケーションを取りながら、

グループ全体としてのハーモニーを奏でることを

目標にして取り組みました。

 

丸くなってお互いの顔が見えるように座り、

自己紹介と今の気持ちを話してもらう事から始まりました。

 

緊張している身体をほぐし、緩めるエクササイズを行い、

続けて、呼吸が楽にできるようになるエクササイズに移りました。

 

段々と皆さんの声の音色も深く、温かな響きになってきました。

 

それから、また輪になってリズム遊びをしました。

手の平を叩いて音を出し、それを次の人へリレーのように繋いでいきます。

 

早くしたり、遅くしたり、リズムを変えて。

 

このグループの人たちは、本当に耳を開いて聞くことができる人たちで、

自分の所へやってくる音と次の人へ渡す音を静かに聞くことができました。

 

 

皆さんの感想も頂きました。

 

◆声を出したり歌ったりすることは得意ではなかったけれど、

 コツをつかんだらできるようになって達成感があった。

 

◆ピアノに合わせて声を出してリラックスできた。

 

◆声を出すことによって緊張を作り出したり、 

 ほぐしたりできると知って嬉しかった。

 

◆音のリレーは脳トレをしているみたいで楽しかった。

 

◆音のリレーはチームワークを必要としている練習で、

 それができたときは一体感を味わえてうれしかった。

 

 

 

 

就労移行支援事業所ベルーフHP

 

歌唱レッスン 料金改定のご案内

レッスン料改定のご案内                 

 

立秋とは名ばかりで暑い日が続いておりますが、

皆様お変わりございませんでしょうか。

 

 

アトリエ・カンテレは2009年2月に始まり、今年で8年目を迎えました。

これも真摯に学びたいという皆様のお蔭だと感謝しております。

 

 

 

私自身、この8年間、レッスンを通して、

皆様の覆いが取り払われた声と出会うために、

様々な試行錯誤を重ねてまいりました。

 

 

 

その中で実感したことは、

歌唱レッスンの場合も声だけにフォーカスするのではなく、

心と身体の調和を取ることも必要だということです。

 

 

 

そこで皆様の一層のお役に立てるように療法的なエクササイズを組み入れて、

より総合的なアプローチでレッスンを組み立て直し、

効果を感じていただきやすい新たなレッスン内容にいたしました。

 

 

 

レッスンのゴールは、声に関するお悩みを改善することではありますが、

連動して、ストレスを乗り越える術や、

ご自身の体調管理に役立てていただいたり、

歌の上達のプロセスと共に、そのような事も身に付く内容になっております。

 

 

また、ご自分では気が付かなかった、

こだわりのような物も自然と手放せることにもつながります。

 

 

 

これまで以上に、無理なく、ゆっくりと時間をかけて、

ひとつ、ひとつ、それらの心の覆い、体の覆いを取り払い、

美しく・正しい響きに出会うお手伝いをさせて頂きたいと思います。

 

 

 

またレッスン中や、日常で起こった出来事で感じたこと、

あるいは気づいたことをお話し頂くことも大切な変容のプロセスだと思っています。

 

 

 

ですので、レッスンの時間をゆっくりとお過ごし頂くように、下記のレッスンをご用意させて頂きました。

 

 

 

*80分(例、10分ウォーミングアップ、60分発声、歌、他、10分質疑応答等)

料金:10,000円

 

 

 

*3回コース 30,000円 

特典付き(レッスン時間を10分延長→90分。次回のレッスンまでの間に、

ご質問などをメールでお聞きいただけます。)

 

 

 

2017年9月10日より、新価格に移行させて頂きます。

 

 

 

何卒、ご理解を賜りますようにお願い申し上げます。

                        

 

アトリエ・カンテレ 平井久仁子

 

 

レッスンのお申込み、お問い合わせは下記へ

アトリエ・カンテレHP

 

 

 

 

4月のコンサートの感想を頂きました。

 

今年の4月にアトリエ・カンテレでは「中世の歌の講座」とコンサートを行いました。

東久留米市 滝山しおん保育園でもコンサートをさせて頂きました。

その時の様子を職員の遠藤さんがフェイスブックに記事を書いてくれました。

こちらのブログにも掲載することをご了承頂きました。

 

 

【アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス 声の覆いを取り除いて】

4月の初旬の話である。

冷たい春の雨がシトシトと降った日、

私たちの保育園にイタリア・フィレンツェ在住の英国人オルガニスト、ジェームス・グレイ氏、

順子・グレイさん、そして、歌唱療法士の平井 久仁子 (Kuniko Hirai)先生の御三方がいらっしゃった。
 

 

子どもたちの為に美しい音楽を届けに来てくれたのだ。

 

 

入園したばかりの1歳児や年少児たちも一緒に、この小さな音楽会に参加した。

 

 

「いちばんはじめは」という日本の数え歌から始まり、

「ずいずいずっころばし」「朧月夜」「さくら さくら」など日本の古い童謡や唱歌など、

その独特な言葉とリズムは子ども達の心の中に響いていたようだ。
 

 

私の隣に座っていたのは外国生まれの母を持つ日本語がまだ十分ではない年少の女の子だったが、ふと気がつくと「サクラ、サクラ」と歌と一緒に口ずさんでいた。

 

 

平井久仁子先生は、私たちの保育園で年に数回「歌唱療法」という職員向けの研修で

講師を担当してくださっている歌唱療法士。

 

フィンランドのラウルコウルというR.シュタイナーの人智学に基礎を置く歌唱指導法の歌の学校にて

「アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス」を学ばれた方である。

 

 

「アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス」とは何か、というと、

「歌声にかかった覆いを取り除く」という意味である。

 

 

私たちすべての人が生まれ持っていたはずの美しい歌声というものは、

成長していく過程で様々な要因によってその美しさや輝きに覆いがかけられてしまうものであると言う。

 

この歌唱療法によって、それぞれが本来持っている美しい歌声に自分で気づき、

歌う喜びを取り戻しましょう、という、歌のレッスンではなく療法、セラピーなのだ。

 

 

正しく歌うことではなく、本来の自分に向き合って、あなたの声で歌えるようになること。

それこそが誰でもないあなたが発する美しい歌声なのだろう。
 

 

 

私も平井先生の個人レッスンを受講した際には、

心や身体の緊張から解かれた時の自分の声を豊かさに驚いたものだ。

 

 

 

フィンランド民謡やモーツァルトの「フィガロの結婚」などを歌う順子さんと

平井久仁子先生のお二人の歌声は保育園の子どもたちを包み込んでくれるような優しく美しい歌声だ。

 

 

 

そしてイタリアの教会のオルガニストであるジェームスさんが

リードオルガンでフレスコバルディのSe l'aura spira、Cesar FranckのPanis Angelicusなど

(曲目が間違っていたらごめんなさい)を演奏すると、その圧巻のオルガンサウンドにうっとり。
 

 

2年前に才気堂の渡邉 祐治 (Yuji Watanabe)氏によって修復された

1956年製造のYAMAHAのリードオルガンは、今、こうやって深い呼吸をし、

完全に息を吹き返したような印象を受けた。

 

 

 

 

私事だが、3ヶ月近い入院生活の中で、私に唯一欠如していたものは何だったかと問われれば、芸術。

つまりこのような美しい音楽の世界だったのかもしれない。

 

 

 

美しい音楽を、いま生きて、再び聴くことが出来た喜びに私は浸っていた。

 

 

ふと、子ども達に目を向けると、子ども達それぞれが思うがままに美しい音楽に耳を傾けている。

お友達と顔を見合わせ笑い合ったり、後ろを振り返ってみたり。

 

 

時々ふざける子もいて、保育者に「お外に出ようか?」とそっと言われると

「いやだ。もっとききたいの」と言う・・・。
 

 

そうか、子ども達は、きっとこの美しい音楽を全身で感じていたのだろうなぁ。

覆いのない清らかな耳をいつまでも持ち続けて欲しい。
 

 

 

いや、いつか覆いがかけられることがあったとしても、

こうやって美しい音楽を聴いた喜びが命の糧となって、

本来の自分を取り戻す力になってくれたら嬉しいと思うのである。

 

新しいブログが始まりました。

皆様へ

 

2017年7月より、旧ブログから心機一転し、新しいブログになりました。

 

 

このブログは以前のブログと比べると、簡単に写真を載せることができますので、

旅の写真やカンテレの庭の草花の写真なども紹介させて頂きます。

 

 

また、歌の事、アンカヴァーリング・ザ・ヴォイスの事、フィンランドのラウルコウル(歌の学校)の事、

日々のレッスンの事や講座のお知らせなど書いていきます。

 

 

どうぞ皆様、新しいブログをご贔屓に! よろしくお願い致します。

 

旧ブログに書かれていた記事を幾つか移行しましたので、どうぞ、あわせてお読みください。

 

郷に入れば郷に従え

 

 

最近だいぶ寒くなってきましたね。

 

まだストーブを炊いてはいませんが、半纏を出して朝晩は着ています。

 

フィンランドでも初雪が降ったそうで、夜の気温は−10くらいになるときもあり、

そろそろと雪が積もって来るのではないでしょうか。

 

だいたい10月の下旬ごろから11月の初旬にかけて、車のタイヤをスノータイヤに交換します。

自転車もスノータイヤに履き替えると聞いて、びっくりしたことがありますが、雪が降り積もって硬く踏みしめられれば次第に氷のようになり、町全体がアイススケートリンクのようになるので、自転車もスノータイヤに交換するのが安全だと思います。

 

私だったらそんな状況で自転車に怖くて乗りたくありませんが、小さい頃からそこで生活している人にとっては、いたって普通のことのようです。

 

フィンランドの人達のアイスバーンでの歩き方もすごくバランスが良く、

みんなすいすいと普通に歩いていきますが、

私はこわごわ、へっぴり腰で慎重に歩いているのもかかわらず、

滑って尻もちをつきます。

 

 

大勢の人の前で派手に転ぶと随分と恥ずかしい気持ちがします。

なんでこんなところで転んでいるの?という目で見られるからです。

 

 

 

 

 

それがある時、スーパーですごい物を発見しました。

三角の鋭い突起がびっしりと付いていて、それをベルトで普段履きの靴に装着して使うと、

絶対に滑らないという品です。

 

これがあれば、大衆の面前で恥ずかしい思いをしないですむから買おうかな?と思いましたが、結局は買わない事にしました。

 

やはりそこは便利グッズに頼ることなく、歩けるようになりたいと思ったから。

 

郷に入れば郷に従え。

 

 

 

他にもいろいろと従ったことがありますが、唯一従えなかったことは、

 

凍った川で泳ぐ寒中水泳。健康に良いからと友人に毎朝誘われていましたが、

 

 

毎回丁寧にお断りしていました。−15にもなる日に泳ぎたくありません。

 

 

 

 

 

 

聞くことにまつわる話

 

歌っている時に聞くというと、何を聞いているのでしょうか。

 

まず自分の声を聞いている。

 

 

音程を聞いている。

 

ハーモニーを聞いている。

 

空間を聞いている。これは響きを聞いていると言いなおした方が良いかもしれません。

自分の発した声がどのように空間に響いているかを聞く。

 

 

フィンランドの歌の学校では、毎年クリスマスシーズンになると、

アドヴェントの曲を歌って回る活動をしていました。

保育園、幼稚園、学校、病院、老人ホーム、教会など3週間ほどの間に毎日のようにどこかしらへ出かけていました。

 

歌う場所も様々で、音響の良い所もあれば、全く響かない所もありました。

歌うのに厳しい場所の方が圧倒的に多かったです。

 

 

声を出すそばから壁に吸い込まれていくような環境にあたったら、

先生からは環境のせいにして、絶望するのではなく、自分たちで響きを生み出しなさいと言われました。

 

そうすると、歌っている全員で耳を揃えて空間をサーチします。

どこまで皆で共有する空間を把握できるか、自分たちの上も下も、

前も後ろも、全方位に向かって、歌っている最中に耳をむけます。

 

 

ここまでは、声が出ている時の耳の向け方ですが、

 

アンカヴァーリング・ザ・ヴォイスの場合のユニークな所は、

声が鳴っていない時こそ耳をかた向けなさいと言われます。

 

 

自分の声が鳴りだす前と後です。

 

このまだ何も鳴っていない静寂な時こそ、耳をもっと注意深くして、静かに聞くのです。

 

その静寂な時にこそ、自分の声の基になるものが鳴っていて、
その基を聞いてから、実際の声にする。

 

初めて先生から言われた時は、??????とたくさんの疑問符が心に浮かびました。

 

そんな世界は存在しているのか?とも思いました。

 

 

しかし、それを聞き出してから声にするのと、

唐突に声をだすのでは、明らかに声の響きは違うのです。

 

 

歌うことを通して、聞くことも変わってきます。

聞き方が変化してきます。

 

 

自分の出している声を客観的に聞くようにといつも先生から教えられました。

 

そこに一切のエゴイスティックなものを介在させないように聞くことを要求されました。

 

 

これはなかなか難しいことです。

 

自分の声を耽美的に聞かない事もそうですし、

卑下して聞かないこともそうですし、

他の人と比べて聞かない事もそうです。

そういうことを一切排除して、自分の声を聞くこと。

 

 

フィンランドの歌の学校では、毎週火曜日に生徒が在校生と先生の前でソロの曲を歌う時間がありました。

そこで先生からアドヴァイスをもらって、次の練習に生かす授業です。

 

 

他の生徒に与えている先生のアドヴァイスを聞く事は、私にとっても勉強になりました。

先生がどんな風に耳を使っていらっしゃるのかが分かったからです。

私の耳では聞こえていない所を先生は聞いて、アドヴァイスをされています。

先生の耳には今現れ出ている声の他に、その生徒のこうなるであろう未来の声も聞こえているのです。

 

 

20数人の生徒がグループで歌うレッスンの時に、先生が一人の生徒に向けてコメントをくれることがあり、

大勢の人が一斉に歌っているのに、その中の一人の声が聞き分けられるのかしら?と不思議に思いました。

 

先生はこの人の声を聞こうと思って耳を合わせると、ちゃんと聞こえてくると言います。

 

 

私はまだまだ20人もの声をレーダーのように聞き分けられないので、これからも耳の精度を上げるべく精進します。

 

 

アトリエ・カンテレHP